思いつき短編小説

僕とクジラとポップコーン

めりねこ

青空

僕は居た。アンバランスなこの土地に太陽なんて見えなくて。見えたのはそう、

クジラ。空一面に浮かんだクジラ。

クジラの影は僕を覆いつくす。

でも恐れることなんてなかった。君のくれたポップコーン。いつだって輝いて僕を包んでくれていたし、

そうだ。僕は恐れる事なんてしないんだ。そう思いながら君のポップコーンを握り締めて目を瞑り。君のぬくもりを探したんだ。

気が付くと、そこは一つの橋だった。双方には僕の背ほどの時計があって、カチコチなりながらこちらへと走ってくる。

僕はその状況に流されるままに走った。今は自分にはそうする事しかないと思ったから。

しかし、それはすぐにやめるしかなかった。目の前には大きな旗が翻っていたのだ。昇るしかない。でもそんなことできるのか? 自問自答しているうちにも時計は僕に迫る。

もう駄目だ。僕には昇る事なんて出来ないよと思った時だった。それでいいのかい? 誰かの声が心にこだまする。何処に居るんだよ。誰でもいいから助けてよ! 大声で叫んだすると気づけばそこは鏡の世界。そこで僕は最大の孤独と出会ったんだ。

幾重にも重なる幻想。いや、それは空虚でも虚無でもなかった。そこに確実に存在している無。でもそれは答えない。叫べど応じない。無駄だというのか、否。それは諦めなんかではなかった。失望、己への失意。ただ、それだけだった。

気づけば僕は自分の存在すら見つけられなくなっていた。叫べど応じないこの環境の中で僕は叫んだ。声が嗄れるまで。すると自分の目の前に映る自分が笑っていた。何がおかしい! 僕はその環境のおかしさに鏡が笑うという事がどれだけ不自然なできごとかを忘れていた。そんな目で僕を見るな! そう言うとすべての鏡から姿が消える。その時目の前の鏡から手が。それは僕の服の袖をひっぱって鏡の世界へ。鏡の中の世界はそう、

空は地に。地は空に。月は浮かび、太陽は沈む。
ああ、ここが彼女の住む世界だったのか。手の中のポップコーンは僕を誘い、それにただ従って歩き出した。変わらない景色はいつまでもループする映写機のようにカラカラと映すのみで、単調な時は刻むのをやめている。

僕は気づいた。すべての心理に。その時どこからともなく声がする。その声は小さすぎて僕には聞こえなかったけど。その声がした後に。僕の頭の中にすべてのイメージが飛び込んできた。時は何故あるのか。夢は何故夢なのか。今は何故今なのか。学者が何年かかっても理屈じゃあらわせれない心理が僕に届いた。
その時僕は手の中で光るポップコーンを両手で覆うするようにした。それは眩いほどの輝きを放ち僕に問いかけた。あなたはここに居たいの? それはあなたの声だった。つまらないよこんな世界。僕は一言そう言った。戻りたいよ。

僕は踵を返し、来た道を戻った。気が付けば、あたりは黄昏時だ。オレンジ色に染まった世界は、まぶしいくらいに輝いている。でもここは現実じゃない。いるべき場所じゃない。なのに、なぜこうも美しいのだろう?

僕はそう思った。僕は現れる景色に目を奪われた。何も考える事ができなかった。ただその美しい景色に僕は流されるように歩いた。ただそれしかできなかった。

空からはさらさらと金色の砂が流れてくる。まるで砂時計をひっくり返したみたいに、ゆっくりと。それは小さな山を作り、だんだんと僕と同じ背丈にまで大きくなっていった。
でも、僕はそれを無視して歩き続けた。早く出たい。いや、本当に出たいのかな?
……何を戸惑っているんだ。さっき決めたじゃないか。ここにはもういられないって。
気付けば、僕の足はそこで止まっていた。いや、止まりたいんじゃない。前に砂でできた人間がいて、邪魔をしているんだ。

僕は砂でできた人間を何回も振り払った。やめてくれ! やめてくれ! ここには居られないんだ!! 僕は喋りもしない砂でできた人間に言う。何故居られないの? 砂でできた人間が言う。自分が駄目になるのが怖いから? そして問いかけてくる。怖い? 僕が? 怖いわけないじゃないか。だって僕は自分で決めた道を歩こうと決めた強い人間なんだ! 僕は少しずつ崩壊する自分に言い聞かせるように問いに対しての答えを出した。そう、もう彼は自分の帰る道を見失い始めているのだ。

もう、ただ嗚咽を繰り返すだけだった。言葉にならない声を飲み込んで、叫びにならない気持ちを心の奥に追いやった。せき止めるのを忘れたダムみたいに、涙がとめどなく零れ、地面に染み込んでいく。しばらく僕は泣いた。
顔を上げると、砂の人間はいなかった。辺りはもう闇に染まっている。
力なく体を起こし、なんとか自立しようとしたけれど、すぐに体はふらついた。僕はもう歩けそうにないや……。

僕はどうすればいいんだ? 自分に問いかけた。自分で決めた道を歩こうとした。自分の意思で歩む事を決めたのに。こんなところで諦めていいのか? 初めてだったかもしれないこんな気持ち。初めてこんなに悔しいと思ったかもしれない。重い体を前とゆっくり進めながら僕は呟いた。まだあきらめない。まだあきらめる時じゃないんだ!

その時、ポケットの中のポップコーンは再び輝き始めた。思えば、こいつの導きで僕はここへやってきたんだ。僕が求める物をこいつは教えてくれたんじゃないか。いわば、このポップコーンは僕という船の灯台だったんだ。
僕はポップコーンを握り締め、力を振り絞って歩いた。体に何かがのしかかっている様に重い。まるでこの世界の重力が一気に僕をつぶそうとしているかのようだ。でも負けるわけにはいかない!

光は僕を大きく僕を包み僕に力を与えた。僕の周りを大きな闇が襲う。しかしポップコーンは僕に光を与えそして僕に翼が生えた。闇を振り払い自由へと進むための翼が生えた。僕はまだ進めるみたいだよ。まだやって行けそうだ。両手を強く握り締め僕は空へ飛び立った。そう、この限りなく広い大空へ……。

おわり