思いつき短編小説

今できた自由

めりねこ

青空

窓一つない部屋の中で、ただひたすらキーボードを叩く。意味の無い文字の羅列はどこまでも続いて、ついには画面をはみ出して僕の元までたどり着いた。

無意味な文章は僕の耳の中に入って、そして反対の耳から出てゆく。気づけば文章は僕の周りをグルグル回り続けていた。

目の前には「解」の文字が。僕はそれを手にとってなんとか分解しようとした。何度も引っ張ったりして、なんとか「角」を取り出すことができた。

取り出すことができた……そう思ったときだった。「角」は磁石のように離れた字とまたくっ付いて「解」となってしまう。僕はそれがどれだけ無意味な事だと知っていた。
けれど僕はそれをやめなかった。僕は「解」の中心に手を入れて掻き分けるようにしてみた。すると「解」は一気にバラバラになった。そのバラバラになった文字は僕の頭の上でまたくっ付いた。
そう……これは終わらない。

気が付くと、文字の呪縛は頭の上まできていた。僕は急いでキーボードの「Delete」で消そうとしたが、その手を「捕」の文字が邪魔をする。そうこうしているうちに、だんだんと息が苦しくなってきた。たかが文字に殺されるのか? 僕は。

僕は「捕」の文字に手の自由を奪われながらも急いで文字を掻き分けた。しかし掻き分けても掻き分けても文字は僕の周りから離れない。このままでは本当に死んでしまう。そう思った僕は「捕」の字を振り払い、キーボードを打った。
そう「磁力」。この二文字を打ち込み、そして出てきた「磁力」の字を部屋の隅へ投げたんだ。

「磁力」は部屋の角に転がったまま、動かなかった。だが、僕の周りの字達がざわめき始める。ふと頭上をみると、だんだんと文字が「磁力」の字に移動していっている。いや、「磁力」が文字を引き寄せているんだ。僕の首、胸、そして足まであった文字は部屋の隅に山のように積まれていき、最後の一文字、「解」が後を追うように飛んでいった。

あぶなかった……荒い息を整えるように息をする。あの時、「Delete」が届かないと思って突発的な思いつきでやってみたんだけど、よかったみたいだ……。そうして僕は椅子の背もたれに自分の体重をのせた。

思わず、あっと叫んだ。僕はそのまま頭から倒れてしまった。どうやら椅子ごと後ろに倒れてしまったようだ。でもすぐには起きようとせず、黙って天井を見ていた。窓も、ドアも、明かりさえない部屋。あるのは画面とキーボード。僕は初めて思った。ここからでることはできるのかな?

どうすれば出れるだろうか……重たい体を起こしてキーボードに「扉」と打ち込んだ。
すると「扉」は天井の方へ飛んで行き壁中に入り込む感じで消えていった。そして瞬きを一度した瞬間僕は自分の目を疑った。
床も天井も左右を囲む壁もすべて扉になっていた。横開き。縦開き。色々な扉がそこにはあった。変わってないと言えばキーボードと画面ぐらいだった。

僕は目の前の、上質な木で出来た扉を開けようとして、開かなかった。ノブがぴくりとも動かないのだ。鍵穴があるわけでもないし、ただの開かない扉でしかなかった。
僕はがくりと肩を落とし、もう一度キーボードを叩く。「窓」と打つ。扉だった場所に窓が作られ、それもやはり開かなかった。ただ、窓のガラス越しに淡い光が差しているのだけわかった。

何処の「扉」も「窓」も開かない。何も情報の入ってこないこの場所が嫌になった。そして僕は「空」とキーボードに打ち込んだ。空は窓に張り付き吸い込まれるように消えていった。
少し経っても何も起きない……僕はあきらめたかのようにため息をついた。その途端、すべてが無くなり、空から落ちてる状況の中に僕は居た。それを追うようにキーボードと画面は僕と一緒に下に落ちていった。
このまま死んでも良い。何故かそう思ってしまった。だけど僕はキーボードに文章を打ち込んだんだ。そう、この状況を更に変えてしまう文章を打ち込んだ……。

僕は打ち込んだ。「自由」という文字を。
そのとたん、落下をやめて僕は重力に逆らい、宙に浮いていた。見上げれば青い空、白い雲。見下ろせば、それは見たことの無い大地。僕は宙を泳ぎ、大地を踏みしめる。と同時に、僕の目の前に画面とキーボードが落ちてきた。それは一度地面を跳ねてから、ガシャンと壊れた。
もうキーボードはいらない。僕は、自由だから。

おわり