思いつき短編小説

風からの贈り物

めりねこ

青空

駅前の朝。多くの人が流れる中で、いつも通りの風景と人並みが漂っていた。
田舎と言えば田舎で。都会と言えば都会で……曖昧な言葉でしか表せない街に僕は住んでいた。曖昧な表現は嫌いじゃない……嫌いになれない……。そんな街で僕は人並みの生活を送っていた。
ある日、少しのオシャレをして広い広い草原へと一人で訪れた。そこは僕の大切な場所で、世の中の腐りきった鎖を一時自分からはずせる場所だった。
君は元気だったかぃ?僕は草原に寝そべって空にこう問いかけた。

一羽のカモメが風を切って空を飛んでいた。僕の真上でくるりと旋回し、また円を描くように飛ぶ。太陽とカモメが重なり、一瞬影を作った後、また光が差し込んだ。
僕は元気だったよ。風に乗ってそう聞こえた気がした。気がしただけ。でも僕はちゃんと会話できる事を喜んで、思わず笑みを浮かべた。

あはは、元気だったんだ良かったょ。 僕は風に乗って僕のもとに届くすべての事を自分の心の中へと放り込んでいった。
ふ〜ん。なるほど。そ、そんな事が……。 独り言とは思えないほど言葉のキャッチボールは滞ってて久々の空との会話を楽しんだ。
じゃあ心配ないね。 僕は行くよ。そう言いながら勢い良く立ち上がる。
ぇ、それは本当かい? そりゃ大変だ。 その時大切な何かを僕は空から聞いたんだ。

いつか、それは明日かもしれないし、そうでないかもしれない。だけれども、いつかそれは起こると風に乗って聞こえた。
太陽と月が重なって、空は真っ黒になる。嘘みたいで本当の話? 本当に聞こえる嘘? そんなのはどうでもいい、ともかく、そんな事が起こるのだと空は言った。
僕は素直に思った。じゃあ、その時ばかりは君には会えないんだね。一瞬風が止んで、再び僕の頬を撫でた。

僕の頬を撫でる風は優しく僕を運んでくれた。大切な場所に。自由な場所に。誰も居ない場所に。
ここは何処だぃ? 僕の問いかけには風は答えてくれなくて、空はもうそこには無くて……。気づけばもう辺りは真っ暗で。太陽は昼なのに真っ暗で恐れていた事はもうすぐそこに居て……。
ぉーぃ。僕はなんども呼びかけた。今は無いあの空にあの雲に。でも暗い空は雷を鳴らし。誰も知らない声を響かせ。何も見えない言葉を喋る。
それは辛そうに見えて。重く見える。 貪欲に見えて。貧相にも聞こえる。そんなアンバランスで意味や筋が通らない出来事の連続だった。

僕の見ていた世界はちっぽけな箱庭に過ぎなかった。風が運んでくれたココこそが世界の中心だった。暗い空……それは不安。空を切る雷……それは怒り。どこからか聞こえる声は、救いを求める懇願だった。
空はずっと、見ていたのだ。汚い世界を、大きくて、ちっぽけな世界を。
気が付くとそこは草原だった。ついさっき寝転んでいた場所。風は何事も無かったかのように優しく、ゆっくりと流れている。
もうすぐ日が暮れる。僕はさよならといって、草原を後にした。
さよなら、と風に乗って聞こえた気がした。気がしただけだった。

おわり