思いつき短編小説

私と日記と流れ星

めりねこ

青空

べらべらと無造作にページをめくっていく。
この日はこうだった、あの日はああだった……他愛の無い日常が淡々と綴られている。だけれど、その一つ一つは私の生きてきた証でもあった。
ふと目についたのは、3月12日の日記。

春が始まったばかりのあの季節。まだ今より少し若かった私はこの日を境に少し変わってしまったのかもしれない。
そう、あの静かな夜に見た流れ星に小さな願いを込めた時から……。いや、あの流れ星が私に未来を見せてくれた日から私を取り巻く環境はいつもと違って見えて……少し変わっていったんだろうな……。

私はその頃、大学の博士課程から離れ、一人の社会人として仕事に就くことになった。
順風満帆とはいえないものの、慣れない作業だってじっくり覚えていくつもりだった。だが、私が思った以上に現実は厳しかった。何もかもがうまくいかず、人間関係も決して円滑とはいかなかった。だから私が全てを嫌になるまで、そう時間はかからなかった。

気づけば私は仕事を何時クビをきられても可笑しくないほど仕事を疎かにしていた。不安定な自分を支えるために仕事以外の何かが必要だと気づいたのはそれから少し経ってからだった……。
自分の家から五分も立たない場所に古いお店を見つけたんだ……そこで私は出会った……そう引き寄せられるようにね……。

雑貨屋のようなその店は、とにかくアンティーク物が多かった。ほこりっぽい空気の中に、どこか懐かしい、そして落ち着く雰囲気があった。
店の主人がカウンターにはいなかったので、気楽に店の中を歩きまわることができた。そこで私は見つけたんだ。細かな意匠が施された、綺麗な望遠鏡を。

何か気になる物でもありましたかな? と急に店の主人が出てきた。あの……これ……と、言葉にならないまま望遠鏡を指差した。
おぉ、それですかぁ。主人は満面の笑みを浮かべて望遠鏡を手にとって見せた。
よかったなぁ……よかったなぁ……。主人はそう言いながら望遠鏡を磨き始めた。
実はですね。こいつはもう歳でしてね……今日並べて貰い手が出なけりゃどうしようかと思ったんですよ。でもあなたは現れた。

店の主人は望遠鏡を磨き……いや、撫でながら話し始めた。
この望遠鏡は、かの有名な天文学者が使っていたものだという。その学者は、その命が尽きるまで、ずっとある星を探し続けていた。しかし、努力も空しく星は見つからず、親友であった店の主人が譲り受けたのだ。
主人は優しい瞳で望遠鏡を見ながら言った。……彼は最後まで諦めませんでしたよ。幸運の星を見つける事を……。

私が店を出ても主人が最後に言い残した言葉が耳から離れる事はなかった。
部屋へ帰り、小さな窓に手を掛けて望遠鏡を空へ向けてみた。その小さな視界に広がる空は、今までの私の重い思いを散らしていった。
これだ! これなんだ! 私はそう言いながらその日はずっと夜へと変わり行く空を眺めていた。

それから毎日、夜になると望遠鏡を空へと向けるのが日課になっていた。
最初こそ幸運の星を探してやると意気込んでいたが、そのうち、宝石のように散りばめられた星空を見るだけでも十分楽しくなっていた。
しかし、幸運の星とはどんなものなのだろう。"星の数ほど"とはよくいったもので、こんなたくさんの星から、一つだけ探すなんて事はとても難しいだろう。それでも毎日、私は空を眺めた。

ある日、何時も通り幸運の星を探していた時だった。
眩く光る星々に目を奪われながらこれまでは見なかった流れ星を見つける。それは青い光を放ちながら下へ下へ降りてゆく。

青い光は、いくつもの小さな粒子を零しながら落ちていく。その後には、青白い尾が引かれていった。
私は息を飲んでその流れ星を目で追っていった。こんなの初めて見た。流れ星なのに一瞬で消えることも無く、きらきらと輝きながらゆっくりと落ちていく。まるで自分の存在を誇張するかのように、ゆっくりと、悠然と。
私は両手を組んで願いをこめた。幸運の星が見つかりますように……。

そのきらきらと眩く光を望遠鏡でゆっくりと追いながら私は胸の鼓動を上げていた。
他の星々がその流れ星の落ちていくのに吸い込まれて行く。それを見た私は落ちる先が裏山の方だと思った。あそこならあの星に近づけると思ったんだ。

私は免許取たての車を発進させた。ハンドルを握る手に、思わず力が入る。
それは免許を取ったばかりで緊張しているだけではなかった。あの星に近づける、その期待と好奇心とがごっちゃになっていたせいでもあった。
ヘッドライトが暗闇を照らしながら、裏山の道を進む。細く、曲がりくねった道は初心者にとって優しくはなかったが、たとえ車が傷つこうとも、全然気にならなかった。

もうこれ以上車が進む事ができない場所で車を止める。そこからは望遠鏡とペンライトを持って進む。頂上へ頂上へと私の思いと好奇心は足を運ばせた。
少し歩き疲れたのもあって息が荒くなってきた、そう思った時頂上が見えてきた。

頂上に着くと、大人が一人入れるくらいの窪みができていた。やはりここに落ちたんだ。
落ちたのは野球のボールくらいの、星のかけらだった。こんな小さなものが、あんな大きな流れ星になるだなんて、想像もできない。
星のかけらが落ちたというのに、熱くもなければ焦げ臭くもない。最初からそこにあったかのように、くぼみの底に鎮座していた。

私はくぼみの中をペンライトで照らした。くぼみの底にはキラキラと眩く青に輝く星のかけらがあった。
見れば見るほど自分の胸の鼓動は高鳴ってゆく……私はそれを手にした。
私はそれを手にして星達が光る空へとかざして見た。その星のかけらを通して見た空は私にこれからを見せてくれた。
そして私は思った。
そりゃ幸運の星なんて見つけられるハズないわけだ。だって今あるこの星達すべてが幸運の星だったんだから……。

私は日記を閉じる。そして机の上に置いたペンダントに目をやった。
今、私は頑張って人生を歩んでいる。もう挫けたりしない。私は力をもらったから。
青く輝く石をはめ込んだペンダントを手にとって、机の上の電気スタンドを消した。
また明日も日記を書こう。私の生きた証を、綴ろう。

おわり