思いつき短編小説

グッド・バイ

めりねこ

青空

ある日、私は友人と買い物のため繁華街を歩いていた。
そして時間は過ぎ夕方になり公園のブランコに二人で座り話をした。その時、二十過ぎの友人が急に両手を顔に覆い泣き出した。
あのさ、俺さ、後一週間で死ぬんだよ。友人は顔を覆ったまま私に言う。
ぇ……ぁ……ぇ……言葉にならない私。急な宣告。今まで一緒に笑っていた人が急にボロボロ泣き出して震えた手を私の肩に添えている。
来たんだよ。昨日死神が俺の家にさ……大きな釜と小柄な体。後髑髏の帽子。友人は私に事細かく教えてくれた。
死神が言ったんだ。あなたはもうじき自分の道を見失う事になるわ。大丈夫、時間をあげる。168時間あげる。だからあなたは自分の足跡を残せば良い。
何も言えなかった。友人のあんな顔は初めて見た……どうしてやれば良いんだろう……私は今日眠れぬ夜を過ごしそうだ……。

思えば、友人とは最近再会したばかりだった。高校までは一緒。明るく元気なやつだったのに、最近はあんまりそうでもなかった。自分の運命をもう悟っていたのだろうか? いや、まさかそんなことはない。でも、私の知っている友人は、もっと明るいやつだった。
彼に何かあったのだろうか。私は彼を知る古い友人に連絡をとってみることにした。

鳴り続ける電話の音。何度掛けても電話に出ない。
家は知っていた。引っ越して居なければだが……そして車を走らせ古い友人の家へ。
そこには彼の母しか居なかったが、彼の母は私の事を覚えていて快く住所を教えてくれた。

街から車で二十分。古いアパートが見えてきた。表札をみると、懐かしい古い友人の名前があった。「小谷」……そうだ、ここに違いない。
突然私が訪ねてきた事に、小谷君は少し驚いていたようだが、本題である友人の事について話すと、何度か頷きながら話してくれた。
私が仕事で故郷を離れていたころ、小谷君と彼はそれからも変わらぬ付き合いをしていた。だからこそ変化にも気が付いていたようだ。
彼に何があったのか、私が聞くと、小谷君はすこし黙ってしまった。しかし、私がじっと彼を見ていると、彼は顔をあげて口を開いた。
「あいつは……二年前になるかな。病院に入院したんだ」

「あいつバイクで事故してさ……急に対向車線から出てきた車と衝突したんだ」
小谷君は真実を教えてくれた。
「それからさ、入院してからのあいつは急に人が変わったかのように暗くなったんだ」
小谷君は私の目を見てゆっくり話してくれた。
「それからあいつさ、誰かが来るとか。また来てるんだ。とかさ、気が狂ったみたいに看護婦さんや周りの患者さんに言い始めたんだよ」
小谷君はまた顔下げてしまった。
「俺も流石に怖くなって少しの間あいつ距離とってたんだけどな」
そして小谷君が顔を上げ私の肩を持ち言った。

「あいつ……たぶん頭がどうかなっちゃったんだ。退院してからだって、いつもは普通なんだけど、何かの拍子にフラッシュバックするみたいで……」
なんてことだろう。私が見た限りでは、今までおかしな言動も行動もなかった。そんな彼が病気? そんなことあるだろうか。
……何を言ってるんだ。はっきり見たじゃないか。あの彼の言葉。死神がくる? あれは病気のせい。そうに違いない。
小谷君は私の肩を何度かゆすって言った。
「あいつの言う事をまともに受けちゃだめだよ。それがあいつのためだ」

うん、わかった。私は小谷君に別れを告げて車で自宅へ向かう途中に思った。そうだ。まともに受け止めてちゃ駄目なんだ。私は何度も自分に言い聞かせた。
その時、自分の携帯に電話が……それは彼からの電話だった。
一人にしないでくれよ……心細いよ……それは震えた彼の声だった。
お前今何処に居るんだよ。今から俺が行くから! 場所教えろ! 私は焦った。彼の言葉に何故か自分が危険な場所に居ると知らせるような。決して楽しく過ごした彼の声ではなかったからだ。

私は車を走らせ、彼のいるという場所へ向かった。ハンドルを握り、ただ前を駆け抜けていく世界を見る。
なぜか、涙がでてきた。どうしてこんなことになっているのだろう。どうして? ただ普通の生活がしたいだけなのに、どうして? これから平凡な生活が始まると思っていたのに。どうして?
辛い仕事にぼろぼろになっていた私は、帰っておいでという親の言葉のとおり、この故郷へ戻ってきた。これでゆっくりと幸せな生活に戻ると思っていたのに、なんで……。

でも私は向かってる。心配だから。大切だから。
私の車を走り抜けてゆく景色は何時もと違って慌しく見えた。涙は止まらず、私は彼が今居るという公園へ着く。
よく見れば一度来た事のある風景だった。
お前……来てくれたんだ……彼は嬉しそうに、悲しそうに私に言った。
あたりまえだろ! あれで心配すんなって方が無理だろ! 私は少し怒っていた。
ごめんな。でもさ、もうこれからは会えないかもしれないから……勘弁してくれよ……。
彼はまた私に意味深な事を言う。

私は彼を落ちつかせるために、公園の自動販売機でコーヒーを買おうと思った。……あ、しまった。今財布なんてもってないぞ。
それを見ていた彼は、少し笑った。あぁ、笑ってくれただけでもうれしかった。少しでも彼が元気になってくれるなら、どんなドジでもしちゃうけどな。
俺が買ってくるよ。そういって彼は財布を持って自販機の方へ向かっていった。私はベンチに腰を掛け、すっかり暗くなった空を見上げた。大丈夫だ、彼は絶対に治る。治してみせる。

なんとかなる。なんとかなりそうだ。私は思わずため息をついてしまう。
おまたせっと彼は缶コーヒーを私の頬にあてた。おぉ、早いな。サンキュ。私は安心のあまりここまでの事など忘れていた。
しかしなんでまた俺にあんな電話してきたんだ? そいでさっきのもう会えないってなんだ? 私は聞いた。気になる事全部ひっくるめてすべて。
彼は答えてくれた。死神の事も彼にこれから起こる事も。

夜になると、死神は現れる。それは私たちの描くイメージどおり。黒い服、大きな鎌……。そして昨夜、彼に言ったのだという。貴方に残された時間は一週間。その間、あなたに出来る事をしなければいけないと。
彼から聞かされた話は、あの時と変わらなかった。死神が死の宣告? そんなことはありえないんだ。ぜんぶ悪い病気のせいなんだ。私がそれを教えて、彼を説得してあげなければいけない、それが私に出来る事なのだから。
私はコーヒーをひと飲みし、彼の顔を見て言った。
全部悪い夢なんだよ。死神の言う事に耳を貸しちゃいけない! 自分の道は……自分で開いてこそ……それが……、ん……なんだか……意識がぼーっとしてきた……だめだ……私がしっかりしないと……彼が…………………。

私は意識が朦朧とする中で見た。
黒い服。大きな釜。髑髏の帽子。小さな羽根のような物。死神は彼の頬を鎌の面の部分で撫でる様にした。
彼は何故か動かない。目は虚ろで。死神の方をじっと見ている。
私は逃げろ! 逃げろ! 片手を左右に振って彼にそう叫ぶ。
こんな公園で……まさか……私にまで見えるとは思ってなかった。いや居るとは思わなかったんだ。
死神はこう言った。彼は必要とされてないの、親からも友達からも。元々暗い自分を隠すために明るく振舞って今更暗い部分をさらしたこの人を大事に思う人なんて居ないの。だから彼が願ったのよ、死にたいって。でもためらったの。後一週間待ってくれなんて……自分が願った事のくせにね。もう待てない。待たない。待ってはあげられない。
何勝手な事言ってるんだ! 私は死神に言った。そう私の意識はいつ飛んでもおかしくない。誰も彼を必要としていない? 彼は物じゃない……人なんだ!!

――口元が動いている。まだ何か夢を見ているようだ。
携帯を開いて、すぐ連絡をする。しばらくして、先導の車と、それに続いて白い車がやってきた。
先導の車はベンチの手前で止まる。そして運転手……小谷がでてきた。
「手荒な真似はしなかったろうな」
小谷が寝ている彼を見て言った。
「大丈夫、コーヒーに混ぜて飲ませただけだよ」
白い車から何人かの男が出てきて、彼を慎重に運んで車に乗せた。小谷は再び自分の車に乗り、二台はゆっくり公園を出て行った。
あいつは親に苦労はさせたくないなんていって、無理して仕事にでていった。散々辛い目にあったくせに、仕事もやめずに無理をして……。明るく振舞って、自分の辛い部分を隠していただなんて、全く気が付かなかったくらいに。
最初に気が付いたのは彼の親だった。無理を言ってなんとかこの故郷に戻して、それから俺たちは優しく接し、監視した。
思ったとおり、あいつはおかしくなっていた。大丈夫なのかといったが、あいつは自分の変化にすら気が付いていないようだった。だから俺は昨日、公園に呼んで打ち明けてみた。お前は病気なんだ。見てもらって治してもらおうと。
でもだめだった。あいつに俺の言葉は伝わらなかった。結局は小谷と協力して、なんとかなったもの……。
もうすっかり暗くなった空を見上げる。
……どうしてこんなことになったのだろう。

ところで小谷君。あいつにこんな事言われた事はあるか?
私は気になった事を小谷君に聞く。
ん? どんな事言われたんだ? 小谷君はこちら見て言った。
あいつさ、俺にこんな事言ったんだ……もう会えないかもしれないってさ……わかってるんだぞ? 本気では受けてしまってはいけないとはわかってる。けれどあいつ普通の顔で俺の顔見て言った最後の言葉にも思えたんだ……。
小谷君は何も言わなかった。
そ、それにさ……死神の話はもう一度は聞いてるだろ? 私はあたりまえのように言った。
ん? あぁ、あの死神が見えるって話か? どうかしてるよな。小谷君は軽く言った。
でもさ……おかしな話なんだけど……急に意識が朦朧としてきてさ……俺も見たんだよ……な……。
私がおかしい事を言ってる事はわかってる。わかってるからこそ小谷君に聞いてほしかった。

小谷君は私の顔をじっとみてから、死神か……と呟いた。
あの後、気が付くと私は病院のベッドの上だった。しばらくは何がなんだかわからなかったが、小谷君が来たので、すぐに彼のことを聞いた。
私は確かに死神を見たんだ。はっきりと見た。彼は自分で死を願っているっていったんだ。だからとめられるのは私! 私しかいないんだ。彼を一人にしちゃいけない! 死神が彼を連れていってしまう! おい小谷、あいつを一人にしちゃいけない! 死神がくるんだ!
小谷君は必死に私を押さえつけた。そして何かを叫んでいる。離せ! あいつのところへ行かせてくれよ! 死神がきちゃう! 死神が……。
その時、病室の窓の外に何かが見えた。黒い服を着ていて、手には大きな……鎌。
そいつは私を見て、嗤った。

おわり