思いつき短編小説

晴れ時々雪

めりねこ

青空

一つ小さな白い雪が僕の肩に乗っかった。
僕は学校への通学路をラジオを聴きながら進んでいく。
どうやら、今日は予報通り雪みたいだ……。そう小さく呟いて少し細い路地を通って近道をした。

両側には背の高い塀があり、僕を見下ろしている。その向こう側は民家のようだった。
ラジオの音に混じり、民家からニュースの音が聞こえる。意識せずとも、その音は耳に入り、そして脳に届く。ニュースではこういっているようだ。

今日の雪は例年にない大雪になるでしょう。車には鎖を忘れないようにしましょう。続いてのニュースです……。
遠ざかって行く度に民家のテレビの音は消えて行って、またラジオの音へと変わった。
大雪になるのか。そう言うと雪のように白いニットの帽子を深く被って白い息を吐き出した。

大通りにでると、早速チェーンをつける車を見た。運転手は手馴れた感じで作業を進める。そして装着を終えると、運転席に乗り込む。
その時だった。突如、フロントガラスが砕ける音と共に、車がつぶれたのだ。その犯人は、車の上に落ちた大きな巨体。……雪だ。

運転手は幸い怪我が無く、割れたフロントガラスを丁寧に拾う程元気だった。
僕はほっと胸を撫で下ろしラジオに耳を傾ける。
今日は今まで例に無いほどの大粒の雪が観測されたため、フロントガラスの割れにお気をつけください。
ニュースはそれが起きる事を知っていたかのような的確な指示をだした。

学校につくと、生徒の集まりは心なしかいつもよりも少ない。雪の影響なのだろうか。
始業時間になり、担任の先生が入ってきた。空席の目立つ教室を見渡し後、やや緊張した面持ちで口を開く。
「皆さん、今さっき、この地区全体に大雪警報が出されました」
先生の言葉にぎょっとしたが、窓の外の風景は、細かな雪の降るだけの平和的なものだった。

しかし平和な景色。ただゆっくりとした雪が降る景色はこれで最後だった。
先生はこんなに冷えた教室ですごい量の汗をかいていた。
「こんな事になってなんて言ったら良いのかわからんが、今日は強制下校だ」
そう言うと先生はポケットからハンカチを取り出して汗を拭いた。

そのまま一人も生徒は登校する事なく、僕たちはホームルームで下校することになった。親しい友人も来ていなかったので、家が近かったSと下校することにした。
Sとは幼馴染ではあったが、そこまで仲がいいわけでもなく、たまに話す程度。それでも、今日は緊急の下校ということもあり、雪の話で持ちきりだった。

「どういう事なんだろうな、この程度の雪で下校だなんて。」
Sは少し興奮した様子でそう言った。
「まぁ、良いじゃないか? 別に何もしなくて帰れるんだしさ」
僕は素直に帰れる事を喜んでいた。
気づけば雪が少し強く降りこんで来ていた。

商店街に差し掛かると、Sは突然驚きの顔をみせた。
「あ、あれ!」
Sの指差す方向を見ると、木造の古い八百屋が潰れていた。いや、閉店するという意味で潰れるといっているんじゃない。文字通り、「潰れて」いた。
しかし、木材と化した家はほとんど見えない。ほとんどが白い雪で隠れているからだった。

「ど、どうなってんだ……」
言葉にならない程の。原型を止めない程の雪で埋められた八百屋。
商店街を進むにつれて白い雪で埋もれた店が見えてきた。
大好きだった本屋も。良く話しかけられていた電気屋も。全部。全部真っ白な雪に埋められていた。
「一体、どうしたんだ」
雪に埋められたと言う以外の何か違う答えを考えていた。

Sも同様にショックを受けているようだった。僕は何も言う事無く、ただ白くなった街を見ていた。それしかできなかった。
Sはようやく口を開く。
「とにかく……」
それが彼の最後の言葉だった。次の瞬間、彼は白い雪の下敷きになり、彼のいた場所には大きな雪だるまとも思える物体が残っただけだった。
確信した。雪が、みんなを襲っている!

気づいた時には、僕は僕の身長の3倍以上の塀状の雪に囲まれていた。
体温と一緒に不安が心の中を過ぎる。どうすれば良いのかもさえ混乱と考えが一緒になってわからなくなっていた。
とりえあえず、落ち着くために白い息を大きく吐き出した。

非常に静かだった。雪は音を吸い込むというが、本当に静かだった。まるで、この街――いや、世界に僕一人しかいないのではないかという錯覚に陥りそうだ。
もしかしたら、本当に僕一人なのかもしれない。そう思うと、不安よりも、不思議と安心感がこみ上げてきた。
きっと世界は雪のせいで終わってしまう。けれど、みんな一緒に終わるなら、それでいいじゃないか。
僕はゆっくり目をつぶり、雪の中で眠る事にした。

急に疲れが取れて。寒気が消えて。楽になって。
死んだのか……。諦めは雪へと自分を話しかけさせていた。
色々の事が過ぎった。学校の先生とかSとか民家で聞こえたニュースとか。
そして急にラジオのスイッチが入った。

「ニュースをお伝えいたします。今日今朝方発令されました大雪警報は、全域解除されました」
気が付くと、周りに雪など一切無かった。潰れた家も、車も、Sもいなかった。僕は道端に倒れていて、それを通行人が不思議そうに見ている。
立ち上がって、時刻を確認する。……あ! もう一時間目が始まってるじゃないか! 早くしないと遅刻する!
僕は学校への通学路を駆け出した。
一つ小さな白い雪が僕の肩に乗っかった。それはすぐに融けて消えた。

おわり