思いつき短編小説

幸いの日

めりねこ

青空

灰色が空を覆って、灰色が街を飲み込んで、灰色が世界を包み込んだ。
人の身勝手で世界は色を失った。

誰もいなくなった交差点。アスファルトを突き破って見る見るうちに成長する花があった。花は曇天の空を目指し、なおも大きくなっていく。

音の無い繁華街。無意味に大きな展望台。空へ向かう花は何処からでも見る事ができた。

裏通りのマンホール屋は言う。花が世界を救うのだと。
光さえ差すのをやめた世界に、まだ復興などあるものか。あるわけない。
それを言うと、彼はまた重い蓋を引きずるのであった。

生まれた時から灰色だった空。それから何十年も変わらない空模様。目の前に広がるのは灰色の世界だけ。今からどうやって変わるんだ。どうすれば変われるんだ。
マンホール屋はまた話しだした。
こんな話を知っていますか? 空に架かる七色の橋の話です。

まだ空が青かった頃、「幸いの日」に人々は空に祈りを捧げました。
広場で祈りの火を燃やし、煙は空へと吸い込まれていきます。するとどうでしょう。雲ひとつ無い空から、ポツリポツリと雨が降ってくるではありませんか。人々は雨に打たれながら歓喜にわきました。空からの恵みだと。
雨が降り終わった空には、七色に輝く橋がかかるのでした。

マンホール屋は話し終えるとこちらを見てまた話した。
その七色の橋を見たと言う者は、あちらこちらに居ますよ。そう、ここにもね。
その時のマンホール屋は、見た事の無い瞳の色をしていた。
けれど灰色以外知らない自分は、それが何色なのかも分からなかった。

気が付くと、辺りは影にうもれていた。振り返ると、交差点の花が今にも雲をつき破きそうなぐらいに成長していた。何倍にも太くなった茎は、まるで脈打つかのようになめかましく動く。音もせず育つそれを、ただ見ているしかなかった。

花が世界を救う。何故かマンホール屋の言葉が頭を過ぎる。
真っ暗な足場を恐る恐る大きな花の方へと運んだ。
この花は何も無い空に何を思って伸びるのだろう。
本当にお前が世界を救うなら教えてくれ。
悲しい時はどんな色を思えば良い。
嬉しい時はどんな色を思えば良い。

その時、頂点のつぼみが大きく開かれ、世界を覆うかのごとく広がっていく。
四つに分かれた花弁は、まるで獲物を狙う蛇の口のようだった。今にも雲に食らいつきそうだ。これから起こるであろう世界の変化を見届けるため、雲と対峙する花を見据えた。

一枚は空に。一枚は街に。一枚は世界に。一枚は人に。それぞれが持っていた色を返していくように見えた。
鮮やかな色はすべてが初めてで、初めて心に灰色以外のたくさんの色を思った。
アレは何色だろう。アレはなんて言うんだろう。マンホール屋ならわかるかな。どんどん取り戻していく、色の一つ一つを知りたくなった。
そうだ、花はどうなったんだろう。
空や街に夢中になっていて花にお礼を忘れていた。そして振り向き花の方へと体を向けた。

花はその色を失い、枯れていた。
その上には、灰色の雲にぽっかりとあいた穴。そこから差し込む太陽の光に照らされたそれは、美しかった。
影の消え去った裏通り。マンホール屋は重い蓋を持ち上げて、青く澄み渡った空を見た。
雲と雲の間に、七色の橋が見えた。

おわり