思いつき短編小説

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めりねこ

蒼月

大きな丸を描いた。
たださっと描いただけなのに、まるでコンパスで描いたかのように正確な丸。
本当に正確なのかは分からないけど、その丸さになんとなく嫌気がさした。

今度はその円を横切るように線を書く。さっと適当に。それなのに、その線は定規で引いたかのように綺麗になった。

なんでだろう……別に綺麗に書けなくても良いのに。丸くなくたって、真っ直ぐじゃなくたって良いのに。

シャーペンを握り、紙の上を乱暴に走らせる。園児がクレヨンでキャンバスを汚すように。ただ何も考えずに手を動かす。それでも線は何かの法則に従うように、計算された角度できっちりと引かれてしまう。
僕は紙に書かれた「正確な図形」を見たあと、シャーペンを投げ出した。

投げたシャーペンは床に落ち、転がっていった。シャーペンは左右にぶれながら転がる。真っ直ぐじゃない。
慌ててシャーペンを取りに行き、もう一度投げてみる。……やっぱり左右にぶれながら転がる。
面白くて何度も何度も投げて、不規則に転がるシャーペンを眺めた。

ふと思った。こんな当たり前の事に夢中になっているなんて、変だ。どうかしている。
転がったシャーペンをペン入れに戻すと、部屋を出てキッチンへ向かった。
鈍いモーターの音を鳴らす冷蔵庫を開き、綺麗に整頓された飲み物入れからミルクを取り出し、飲んだ。あぁ、やっぱどうかしていたんだ。

キッチンには冷蔵庫の鈍いモーター音が響き渡る。
その音が、耳の中に一定の音を保ちながら入ってくるのがなぜか気に食わない。外に出ることにした。
外は車や人、木々が様々な音を奏でる。
「さっきはどうかしていたんだ」
もう一度その言葉を呑み込むと、あても無く街を歩き出した。

歩道の横には様々な商店が並び、騒音で満ちていた。すれ違う人の服装もバラバラで、思い思いに行動している。
当たり前の事なのに、どこか安心する。これは普通なのに、なぜか心地よくなる。
商店街を抜けると、交差点に差し掛かった。目の前の信号が赤になる。すると、その後ろの信号も赤に変わる。さらにその後ろの信号も、そのまた後ろの信号も……。まるで赤いランプが信号を伝っていくように、次々に赤くなっていく。一定の間隔で、狂いも無く。
気がつくと、僕は走り出していた。

走る。信号は赤でもひたすら走る。
赤いランプが後ろの信号を伝う前にその信号を越えれば、一定の間隔ではなくなるような気がして。
……ただ、気になっていた。走る音が狂いも無く一定だと言う事。どこかで秩序を壊さなければならない。
そう思ったら、一定に並べられた石畳の歩道の上に倒れていた。

そこは橋の歩道だった。手すり越しに下を覗くと、大きな川が流れている。所々に岩が飛び出ていて、そこに水がぶつかり泡粒を作っている。時折流れてくる木の葉は、水面をゆらゆらと揺れながら浮かんでいた。
僕はその川の流れを見ながら、熱いものを感じていた。それはあのシャーペンを転がした時と似ている。一秒たりとも揃うことのない川の流れに、目が離せなくなっていた。

それはあまりにも心地よくて……このままいつまでも見ていたいと思った。
はっとした。
このまま……いつまでもこの場所にいる自分自身がまるで、正確な丸のようだと、真っ直ぐな線のようだと、冷蔵庫の一定に響く鈍いモーター音のようだと、きりが無く伝ってゆく信号の赤いランプのようだと、一定に並べられた石畳のようだと。
すっと立ち上がり、秩序もあてもなく歩き出した。

おわり